つい数秒前までの戦局は更に一変していた。

影で創られた牢獄に閉じ込められたアルトリア達、その前に立ち塞がるように立つ士郎。

そして士郎と相対する様に立つ『影』。

『第三次倫敦攻防戦』はその最終戦局に突入しようとしていた。

三十二『剣対影』

「・・・やはり待った甲斐があった。『錬剣師』待っていたよ」

「・・・俺としては予想の範囲外だったよ。やっと戦線に復帰したと思ったらいきなりお前と出くわすとは」

互いに声を掛け合う。

最も『影』は嬉々とした、士郎はややげんなりした声だったが。

しかし、声とは裏腹にその表情は双方とも既に戦う覚悟を決めていた。

「やはり『薔薇の予言』は正しかったな。ここで俺とお前は二回目の戦いを行う事に・・・」

「・・・一つ聞いて良いか?何故お前は俺に拘る。俺がお前に拘るのは周囲からしてみれば当然だろう。お前は『六王権』の腹心中の腹心、そして教会に押し付けられたにしろ二十七祖の第七位だ。だが、俺はお前からしてみれば強化と投影だけしか使えない未熟な魔術師。そこまで俺に執着する必要は・・・」

士郎の疑問はある意味当然だった。

協会の間では『錬剣師』は重要人物視されているが、それは士郎自身の力も多少なりともあるであろうが、それよりもゼルレッチの弟子、そして『真なる死神』の盟友と言う付加価値によるものが大きい。

『六王権』最高側近である『影』がそこまで目くじらを立てるほどではないと思われた。

だが、それに対して『影』は士郎ではない別の何かに対して侮蔑の笑みを浮かべ、

「それが・・・後ろの奴らを含めた魔術師共の総意ならば・・・やはり魔術師は魔術使いの足元にも及ばぬ」

「!!」

士郎の身体が思わず強張る。

「お前・・・何故・・・魔術使いを」

士郎の問い掛けをある意味無視して『影』は言葉を繋ぐ。

「己を鍛え、高みに目指そうとした時、己が能力に限界があるとわかった時人間の取る道は二つ。『自分はここまでなのだ』と嘆き、途中に諦める者と『そこまでだとしてもそれを高める所まで高める』と覚悟を決める者と・・・『錬剣師』、お前は典型的な後者だろう?」

確かに士郎は強化と投影・・・それも主には剣に限定した魔術しか使えない。

だが、士郎はそれでも諦めず、折れず、屈する事無く、ただひたすらにもがき、迷いながら、傍目にはみっともないと言われようが自分の目指した夢を追いかけひたすら高みを目指してきた。

そしてそれは『影』の指す魔術使い達も同じだった。

「そういった奴は必ず予測も出来ない領域に足を踏み入れる。俺はそれを何度も見てきた。そして俺は確信もしている。『錬剣師』、お前は遠くない未来において、『真なる死神』に匹敵する陛下に仇なす刃となる」

「・・・そいつはまた過大評価というか、何と言うか・・・」

『影』の思わぬ言葉に士郎は苦笑するしかない。

「俺の役目は『真なる死神』以外の陛下の敵を排除する事、故にこの場でお前を・・・殺す・・・影状固定(シャドー・ロツク)」

『影』の宣言と共に、影の触手が次々とあちこちの影から吹き上がり主の命令を今か今かと待ち構える。

「・・・まあいいさ。どの道俺も戦うと決めたんだ。ロンドンにいる人達を・・何よりも凛達を守る為に投影開始(トレース・オン)」

士郎の詠唱でその手に虎徹が握られる。

「接続(リンク)・・・完了(セット)」

更に脳内にイメージさせた破戒の短剣の能力を接続させる。

リミッターが外れ、本来の詠唱に戻った士郎。

その魔術にはいくつかの改善点が見られるようになった。

まず、当然だが、投影の形成速度が今までより上昇した事。

そして、片道接続に限っての話であるが、能力を接続させる宝具は作り出さずイメージだけで接続が可能となった。

また士郎の異端魔術の中で最も負担の大きい反映も、負担の軽減化が見られるようになった。

とはいえ、反映に関しては長時間の使用を行えば自我を呑み込まれる事は確実なので、多様は出来ない事に変わりは無い。

「ほう・・・やはり何らかの戒めを己が身に施していたか・・・ならば遠慮も手加減も無用。全力を持って・・・お前を殲滅する!かかれ!」

主の命に従い一斉に士郎に殺到する触手達に士郎も迎撃体制を既に取っていた。

「投影開始(トレース・オン)、接続完了(リンク・セット)・・・猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」

放たれた鉄槌は途中で無数に分裂し、

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

連鎖して次々と爆発、四散していく。

その風穴に飛び込み『影』の懐にまで接近を試みる。

「っ・・・影海埋没(ダイブ)」

咄嗟に影に潜り込もうとするが、

「させるか!」

士郎の虎徹が一瞬早く、影を突き刺す。

接続させた『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』の効果で影の海はただの影に立ち返る。

そのまま『影』を下から斬り捨てようとしたが既に『影』も

「影状変更(シャドー・チェンジ)、影車輪(シャドー・ホイール)」

自身の両足に車輪状の影を取り付けてローラースケートの要領の巧みな動きで回避し、士郎と距離を取る。

「影状固定(シャドー・ロック)、影針貪飲(シャドー・ドランク)包囲(ドーム)」

同時に凜達を戦闘不能に追い込んだ影の針を無数に展開、一気に士郎を包囲。

「士郎!」

「飲み込め!!」

凛の悲鳴と『影』の号令が交差し影の針はそのまま一斉に襲い掛かる。

今までであれば士郎も成す術なく、拘束されたであろうが今は違う。

士郎には父より受け継いだ刻印がある。

「刻印起動(キーセット)、空気領域(ゾーン・エアー)」

コートに刻み込まれたエミヤの魔術使いの結晶の一部が形となって現れる。

「我が周囲の空気は鋼鉄となし、我の敵全て阻む(アイアン・エアー)」

詠唱が完了したと同時に、影の針の動きは全て阻まれた。

士郎を突き刺すまさに手前で見えない壁にぶつかった様に一ミリも動けない。

「空気に魔力を通し鋼鉄の壁としたか・・・ならば強引にまかり通る!影状変更(シャドー・チェンジ)、影手武装(シャドー・ウェポン)」

詠唱と同時に影の針は一定の数が固まり、再び触手となる。

更に触手は次々とその手に剣、槍、矛、斧、槌などの武器を手にし、一斉に士郎を守る空気の壁を壊しに掛かる。

その攻勢に徐々にひびが入るのを士郎は焦りの色すら見せない。

「そう来るよな、当然、だから、俺はこうする・・・刻印起動(キーセット)、形状変更(エアー・オフェンス)」

詠唱にあわせて空気の壁にひびが入る。

そのまま砕け散るかと思われた瞬間、

「空気の壁は空気の散弾となり、周りの敵をなぎ払う(ショット・エアー)」

壁の破片は一斉に触手側に向けて爆ぜた。

その勢いに触手は完全に巻き込まれ空気の散弾に貫かれ、抉り取られ、全身に風穴が開く。

更に士郎の虎徹で斬り伏せられて、全てが影に戻る。

「ちっ・・・壁としていた空気の破片を高速で周囲に飛ばしたか・・・来る!!」

全ての触手を斬り捨て、一気に『影』との距離を縮め、攻勢に転じようとする士郎だったが、それを見越し、士郎の身体能力でかわせない、それでいて自身に危害が及ばないタイミングで、『影』の影から触手が吹き上がり狙いを士郎の心臓と眉間に捕える。

「!!刻印保留(キーフリーズ)、刻印起動(キーセット)時間領域(ゾーン・タイム)」

高速で詠唱を唱えると、同時に再びエミヤの魔術刻印が光る。

「・・・・・・・・(固有時制御、三倍速)」

自身の身体機能全てを三倍にまで引き上げて、強引にかわす。

「ぐっ!」

地面を転がりながらも致死の攻撃をかわし固有時制御を解除した瞬間、全身を激痛が支配する。

改めて士郎は切嗣の残した固有時制御の危険性をその身を持って実感した。

固有時制御の反動は士郎の想像を超えている。

あらかじめ自身の身体に強化を施した・・・そう、内臓は元より、骨や毛細血管、自分の身体のありとあらゆる箇所に強化を施し、ある程度の衝撃にも耐え得る体勢にしていた・・・筈だった。

にも拘らずこれだけの激痛だ。

もしも強化を施していなければどうなったか・・・

切嗣は身体に致命的な障害を回避できるのは二倍までだと言っていたが、士郎の場合強化を全身くまなく施しても三倍が限度、それ以上はまさしく自身の血肉、果ては命をも供物に捧げての行使となる。

「かわしただと!」

一方、『影』もまさか必中の一撃をかわされるとは想定すらしておらず、思わず狼狽の声を上げる。

だが、すぐさま我を取り戻すと、士郎の周囲に触手を一斉に展開、今度こそは逃がすまいと再度の一斉攻撃を始める。

士郎も迎撃を取りたい所であるが、かわしたばかりで体勢も整っていないばかりか固有時制御の鈍痛で若干動きが鈍った為、迎撃は間に合わないと判断、

「刻印停止(キーストップ)、刻印再起動(キーリセット)、空気領域(ゾーン・エアー)」

待機状態だった刻印を再度起動させる。

「我が周囲の空気は翼となり我、天を舞う(ウィング・エアー)」

同時に士郎の身体は上空目掛けて高々と舞い上がり、数秒前まで士郎がいた地点を触手が虚しく空気だけを切り裂く。

見れば士郎の背中には空気の揺らぎでかすかに見える翼が生えている。

上空に上がった士郎はそのまま間髪を入れる事無く掌を触手に向ってかざす。

「我が手に集まりし空気、砲弾となり我が敵を滅ぼす(キャノン・エアー)」

詠唱と同時に触手が大きな力によって押し潰される。

「・・・自分の足元から空気を吹き上げさせる事で自身を浮遊させ、手に集めた空気を極限まで圧縮した状態で撃ち放ったか・・・」

上空を見上げながら表情には変化無くただ、声のみに喜色をたたえて『影』は呟いた。









士郎と『影』の戦いを後ろの凜達は声もなく見つめていた。

「はっはっは!さすがはエミヤ!!何時の間にあのような芸当を身につけていたのか!」

例外としては士郎の文字通りの奮戦にご満悦のイスカンダル位だろう。

だが、士郎の魔術を知る者達は心底から信じがたい思いだった。

士郎は強化と剣に特化した投影、この二つしか出来ない筈。

かつて自分でそう宣言もした。

だが、現状士郎はおそらく気流操作の魔術で防壁を作り、空中に浮き上がり、彼の身体能力では不可能な速度で移動もした。

それに何よりも・・・

「トオサカ見ました?シェロの着ているコート」

「見えない訳無いでしょ。あいつが詠唱を唱える度に模様が浮かんでいたわね」

「まさかと思いますけど・・・姉さん・・・あれ・・・」

「ありえないわ」

桜が憶測を言う前にそれをただの一言で否定する凛。

「絶対にある訳が無いわ。魔術刻印はあくまでも術者の肉体刻まれるもの。それが物に刻まれるなんてそんな事ありえない」

「リン、気持ちはわかるけど現実を見なさい。シロウは現に使える筈の無い魔術を使っているわ。そして詠唱を唱える度に浮かぶ文様、あれを刻印と言わずしてなんと言えと言うの?」

頑迷に現実を否定しようとする凛にイリヤが諭す様に冷静な言葉をかける。

「うっ・・・」

冷静な指摘に言葉を詰まらせる。

「・・・はぁ・・・判ったわよ。だけどどう言う事?あいつあんな魔術使えるなんて聞いていないわよ」

「それについてはシロウに直接聞くしかないわね・・・でも・・・あのコートは・・・でもそんな事・・・」

「イリヤスフィール・・・シロウの着ているあのコートもしや・・・」

「アルトリアもそう見える?やっぱりあれってキリツグの・・・」

そんな会話を尻目にただ一人膨大な殺意をみなぎらせる者もいた。

「く、くくくくく・・・やはり・・・奴はエミヤ・・・我がバルトメロイを弄び・・・永久に消えぬ傷を残し・・・捨てた憎き敵・・・殺す・・・奴は必ず殺す・・・我が手で・・・」









「ふふふ・・・お前と言う奴は何処までも俺の予想の上をいくな・・・だが、そうでなくては面白みも無い・・・その空から叩き落してやろう。いけ!!」

『影』の号令と共に十近い影の触手がまさしく間欠泉のように吹き上がり、上空の士郎目掛けて殺到する。

「食らうか!」

士郎も当然の様に予測したのか空中飛行を開始、突き上げられた触手をかわし、そのまま距離を取り始める。

それに対抗するように触手も士郎を目標として追尾を始める。

だが、逃げる士郎と追尾する触手、その速度を比べれば後者の方が圧倒的に速い。

「ちっ、これじゃ遅い・・・いずれ捕まるか・・・だったら・・・我が周囲の空気更なる翼となり我風となる(ジェット・エアー)!」

詠唱と同時に士郎の背中に生えた翼が三対、六枚に増える。

同時に速度を一気に上げて触手を突き放す。

ある程度距離を置いた所で、向きを変えて触手と相対する。

「投影開始(トレース・オン)、接続完了(リンク・セット)吹き荒ぶ暴風の剣(カラドボルグ)!」

破戒の短剣の能力を接続させた暴風の剣が触手をまとめて断ち切り同時に無の影に返していく。

更にその余勢を借りて『影』にもその切っ先を向けるがそれを容易く回避する。

だが、既にこの時士郎はカラドボルグを手放し、剣は切っ先に引き寄せられる様に一気に『影』の至近で元の剣に戻る。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

詠唱と共に爆発が辺りを閃光に染め上げる。

当然だが、『影』は影に潜り込み難を逃れたが、再度浮上するのを見透かしたように、士郎が上空から一気に急降下、虎徹を振るい一瞬交差する。

「くっ!」

「ちっ!」

双方から舌打ちの音と共に士郎は一旦着地、同時に空気の翼も霧散する。

「・・・浅かったな」

「ふふふ・・・何百年ぶりか・・・傷を負うなど・・・」

見れば『影』の胸元は斜めに薄く切られ、うっすらと血が滲んでいる。

「しかし、本当に驚かされる・・・何時の間に新たな魔術を会得したのだ?」

『影』の疑問は同時に後ろの全員の疑問だった。

「・・・これは厳密な意味での俺の力じゃない。こいつは遥か昔から届く事ない頂に挑み続けた先人達が残してきた証、俺はそれを預かっているだけに過ぎない」

それに対する士郎の返答は返答と呼んで良いのか極めて微妙なものだった。

「ではその力はなんだと?」

『影』の問い掛けに、士郎は眼を閉じコートの裾を右手で握る。

「・・・俺にこの称号を名乗って良いのか未だに判らない。だけど爺さんは俺を信じてこれを託してくれた。ならば俺はあえて名乗る。俺は・・・俺は『エミヤの魔術使い』衛宮士郎」









士郎が静かにそして堂々とそれを名乗った瞬間、時が止まった様にも思えた。

後ろからかすかな嘲笑じみたものも聞こえる。

「何を・・・堂々と言うかと思えば・・・くくくっ・・・自分が未熟者だと宣言しやがった・・・」

それを聞いても士郎は特に怒らない。

さすがに凛達もやや呆れたような視線を向けている。

それも当然の事だと士郎は割り切る。

その反応がごく当然なのだから。

唯一の例外はメディアくらいだろう。

「まだ生き残っていたの・・・永劫の求道者達の意思は・・・」

呆然とした表情で口の中に呟きを残す。

やがて

「くっ・・・くくくくく・・・」

はっきりとした忍び笑いが前方から聞こえる。

「くくくくく・・・はっはははは・・・」

忍び笑いは徐々に哄笑、そして

「はっはっはっは!!あーっははははは!!」

紛れも無い爆笑に変わっていた。

「は、はははは・・・そうか・・・お前はやはり魔術使いだったか・・・それもエミヤ!!同じ姓を名乗るからもしやと思ったが」

笑いながらの『影』の言葉に士郎は悟った。

「・・・やはりお前もかつて見たのか・・・数多くの魔術使いを」

「ああ、見たさ、いや、見ただけじゃない実際戦った事もある魔術使い達と」

「なるほど、爺さんの言った事は本当だったと言う事か・・・相手にもならなかったか?お前がそこまで大笑いするって事は」

「相手にならない・・・いいや!お前の後ろで無様に転がる魔術師共などより遥かに手強く、しぶとかったさ!」

大声で宣言した時だった。

「旦那」

突然士郎を取り囲む様に風と火が巻き起こり、大地が隆起し、水が湧き上がり、光が瞬き、周囲より暗い闇が浮かび上がる。

それらは人の形をつくり、最終的には『六師』の姿となった。

「お前達どうした?」

「いや、陛下にこっちの様子を見る様に言われたんですが・・・陛下の嫌な予感、大当たりでしたよ」

『影』の疑問に応ずる様に『風師』が好戦的な笑みを浮かべ既に戦闘態勢に入っている。

「ええ、奴がただの魔術師でしたら俺達も手を出す気は無かったんですが・・・」

そういう『炎師』も相棒を止める気は無い。

「魔術使い・・・それも『エミヤの魔術使い』と言うのでしたら話は変わります。

「魔術使いと相対する時はわれらの総力を持ってそれを完膚なきまでに覆滅する。それが我々『六師』と『影』殿、七名が互いに課した宣誓」

常日頃無駄な戦いを好まぬはずの『水師』、『地師』ですら戦意と殺意を隠そうともしない。

「例え兄ちゃんが怒ったとしても僕達は手を出すよ。あの時の様な事は嫌だからさ」

『光師』は既にいつでも幻獣王の招聘を行える体勢になっていた。

だが、何よりも苛烈に士郎への敵意と殺意をむき出しにしていたのは

「ふ、ふふふふふふふ」

暗き笑みをたたえて、既に幻獣王『ルシファー』を展開する『闇師』だった。

「本気で感謝するわ『錬剣師』、あんたが魔術使いを名乗ってくれたお陰で私は何の遠慮もする事無くあんたを殺す事が出来る・・・」

既に一歩踏み出そうとさえしている。

「くっ!七対一ではシロウが!!」

アルトリアに言われるまでも無い。

七対一に加え、相手は『六王権』の七人の側近、

もはや勝敗以前の問題、どれだけ長く士郎が生き延びられるかの話だ。

しかも全員・・・それも新たに現れた『六師』に至っては特に強く士郎を生かす気は無い。

士郎が自分の事を魔術使いと宣言した時から彼らの士郎を見る目は変わった。

だが、何故?

彼らと自分達の間にある魔術使いに対する認識に根本的なずれがある上に、何よりもそのずれの存在すら知らない以上、凛達、現代の魔術師達がそれを知る事は出来ない。

唯一それを知る人間が口を開く。

「・・・魔術使いにそこまで過敏に反応するって事は・・お前達、全員戦った事があるんだな?・・・魔術使い達と」

「当然だ!俺達はあいつらのせいで俺ら辛酸を味わう羽目になったんだからよ!」

「辛酸って・・・何があった・・・」

「大した事ではない。かつて、俺達が敵の策に嵌り、陛下が孤立し、封印された時、お救いに参じ様とした俺達を足止めしたのが魔術使い達だっただけの事だ」

「最大の敗因は魔術使い達を軽視していた我々にあっただが、それを差し引いても魔術使い達の粘りは想像を超えていた。一人一人は大した戦力ではなかったが、徒党を組み、連携で我々を足止めした・・・全員死兵となって・・・」

途中から『地師』の表情に怒りが浮かぶ。

あの時の屈辱、何よりも自分達の慢心に憤りを覚えていた。

魔術使い達は確かに魔術師の様に万能ではないが単一の能力の特化においては魔術師を上回る。

足止めに痺れを切らし『風師』と『炎師』がインフェルノでまとめて始末しようとした時には空気を操るのに長けた魔術使いが酸素を抜き続ける『風師』に対抗して逆に酸素を注入し続けインフェルノ発動を阻止した事すらあった。

だが、どれ程足掻こうとも、所詮彼らは人間、徐々に押され一人また一人と討ち取られ、最後に一人を残して壊滅した。

「その最後の一人は自身を『エミヤ』と名乗っていた」

つまりは『エミヤの魔術使い』の先人と言う事になる。

「そいつのしぶとさも半端無くてな、草を操って俺達を拘束し続けたんだよ一時間。最後には自分の生命力まで魔力として注ぎ込んでそれでくたばったがな」

たかが一時間と思うだろうが、『六王権』の七人の側近を一人残さず一時間もの間拘束し足止めしたというのならばそれは驚異的な魔力量と精神力と言わざる終えない。

「結局、そいつの足止めが止めとなって俺達は陛下をお救いする事は出来ず封印されたところにのこのこ現れて逆に封印されちまったってわけさ」

そう締めくくると獰猛な笑みを更に深いものに変えて『風師』の両手両足に風が纏われる。

「話は終わりだ」

『炎師』の身体にはいつの間にか炎が纏わりつき、それはプレートメイルの形状を取っている。

「卑劣卑怯、どのように罵ってもかまわぬ」

「我々は我々の誓いに従い貴方を殺すだけですので」

『地師』、『水師』の背後にはそれぞれの幻獣王『タイタン』、『ウンディーネ』が鎮座する。

「せめて楽に殺してあげるよ・・・抵抗しなければ」

『光師』の幻獣王『ガブリエル』は上空に羽ばたき

「ふふふ、甘いわよ『光師』・・・こいつは徹底的に嬲り殺してあげる・・・」

悦に入った笑みを浮かべる『闇師』。

「じゃいくぜ・・・恨むなら俺達と・・・自分の事を魔術使いと名乗ったてめえの浅慮を恨みな」

そう言い放ち全員一斉に士郎に牙を剝こうとした時

「待て」

ただ短い一言で『六師』の動きを止める者がいた。

「エミリヤ、皆、この戦い参入する事まかりならん」

『影』が思わぬ事を口にしていた。

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